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雨上がりの夜空に

管理人であるほ~がんのロックに対しての想いなどを綴る
“H’s ROOM”







忌野清志郎さんが亡くなった。

IDパスワードをどうしても思い出せず更新ができなくなっていたこのブログ。
それを昨日突然思い出した。
新たなスタート。
そんな復旧作業をしている最中に忌野清志郎さんが死去という訃報が飛び込んできた。

忌野清志郎さんそしてRCサクセションは少なからずとも影響を受けたバンドの1つだっただけに
勝手ながらこのタイミングは偶然でない気がした。




「なんじゃこりゃ~」
RCサクセションに対する第一印象である。
それは日本武道館での出来事。

ギターのKANA(ちなみに彼とは私が中学生のときからのお付き合いである)に
誘われて行ったJOHNNY,LOUIS&CHAR.(後にPink Cloud)の武道館LIVE。
そのときオープニング・アクト(前座)だったのがRCサクセションだった。
(今思うとすごすぎ・・・)

元来、練習嫌い研究嫌い感性中心のベーシストだった私は誘われるまま
当然、予備知識もないまま日本武道館での開演の時間を待っていた。

「なんだよ。前座があるのかよ。」

知らないものの怖さとで言おうかこれが本音だった。

そんな中、RCサクセションの演奏が始まった。

演奏が始まってすぐ舞台の袖で、ぴょんぴよん飛び跳ねている異様な人物の
存在に気がついた。

奇抜な衣装・・・ピンクの長靴というイメージが残っている。

「なんだ、あれ?」

そう思った瞬間、その人物がステージ中央に跳ねながら飛び出てきた。
まるでびっくり箱のように・・・・

ようこそ~♪

その一声でノックアウト。自分の中に衝撃が走った。

前言撤回。
前座だとバカにしていた自分はもうそこにはいなかった。
RCサクセションワールドにすっかり飲み込まれていた。

そして、このときに新曲として紹介したのがあの名曲「雨上がりの夜空に」。
やはり名曲との出会いはドラマチックかつ運命的である。

ちなみにこの「雨上がりの夜空に」は私のカラオケでの十八番のひとつとして、
いままで多くの場面で活躍してもらっている。

BEST OF THE RC SUCCESSION1970~1980




もうひとつ思い出すのが西武球場(現西武ドーム)でのロックフェス。
当時、バンド活動のほかにコンサート会場での機材搬入のバイトをしていた私は
その日、機材搬出のみというイレギュラーシフトで呼び出されていた。
ロックフェス終盤に会場入り。少々めんどくさい。
(実際は短時間でお金を稼げるからおいしいのであるが・・・・)
会場入りするとその日トリを務めていたRCサクセションが演奏をしていた。

その日のラストソングも「雨上がりの夜空に」だった。

演奏が終わると同時に、まだLIVEの余韻が覚めやらぬステージに駆け上がる。
(もちろん機材撤収のため)

そして私は客席に向かって立ってみた。
まるで自分がトリを務め、いままで演奏をしていたように・・・・・・

時間して一瞬ではあったが気持ちよかった。

これがLIVEの醍醐味なんだ。

いつの日か・・・・・私もこの舞台に・・・・

残念ながらこの想いが実際に叶うことはなかったが、
今思うと貴重な体験であった(苦笑)

BEST OF THE RC SUCCESSION1970~1980





私だけでなく多くの人が思い出やドラマを持っているのではないかと思う。

忌野清志郎さんのご冥福を心からお祈ります。本当にありがとうございました。

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テーマ : 忌野清志郎
ジャンル : 音楽

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ラングル

Author:ラングル
Vo.Miyasu  G.KANA
 B.Hogun   Dr.Boy

We’re“HEBEREKE”Rock‘n’Roll Band.
Come On! 
Everybody,Running“GLE”.........

独特の“うねり”のあるサウンドと
魅せる笑わせるパフォーマンスで
いまや伝説となった“へべれけ”
ロックンロールバンド。
1985年に解散後、
2005年サイトで復活。

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