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MAZDA COLLEGE SOUND FESTIVAL Vol.6~そして伝説となった

解散が決まっていたとはいえ、予定されていたスケジュールはこなさなければいけません(苦笑)

その最後のスケジュールがMAZDA COLLEGE SOUND FESTIVAL Vol.6」でした。

大学生のための音楽の祭典・・・そんな感じの大会だったと思います。
テープ審査の後、ニッポン放送のスタジオでの審査。
地区予選そして本大会という、今思えばかなり大掛かりなコンテストでした。
そして何といってもMAZDAがスポンサーだけに優勝商品が「MAZDA RX-7」!!
しかも「よもぎスペシャル」・・・車体の色がよもぎ色(爆笑)

そんなすごい大会にもかかわらず、すでに解散が決まっていただけに正直記念参加という感じでした(笑)
だから・・・・
そんな本大会の話の前に、そこにたどりつくまでのエピソードをいくつか。

そもそもは、ライブハウスへの宣伝用のデモテープをいろいろなところに持ち込んだうちのひとつがこの「MAZDA COLLEGE SOUND FESTIVAL」でした。
たぶん・・・
そのへんはよくわかりませんが、タイミング的にはそんな感じでしょう(苦笑)

まぁ、とりあえずテープ審査には通ったようで、ニッポン放送のスタジオに呼び出されました(笑)
このときのことでおぼえているのは、車で行ったのがそもそもの間違い。
都心の道路特有の一方通行でなかなか現地に着くことができず、
遅刻しそうになったことくらいです(苦笑)

ニッポン放送でのオーデション。
以前記事にした「幻の大島ライブ」での歌舞伎町での出来事に比べれば屁でもないですよね(笑)
そんなこともあって、ここも難なくクリア。地区予選へ駒を進めることができました。

地区予選は「調布グリーンホール」。
真面目な大学生だった私はリハ~授業~本番などとかなりハード?な一日だったのを記憶しています。
そうです。思い出せばかなりハードでした。

本番・・・ステージ立ったのはいいのですが、私のベースの音が出ません。
ハードすぎる(^-^;
PENTAのコンテストといい。
機材トラブル続きどうなっていたんでしょうか?
本当にスタッフ~(笑)
まぁ、こちらの焦りを他所に、トラブル待ってましたということで、Vo.のmiyasu氏が、これがまぁ、またしゃべりまくる。すでに客席は笑いの渦。独壇場となったとこで、私の機材トラブルも解決。
何とか演奏を終えることができました。

そして結果発表。
演奏はともかく機材トラブルで気持ちはナーバス。
発表は予選突破バンドの演奏曲が流れる。
予選突破は2バンド。

演奏曲が流れた瞬間は、ハードだっただけに本当に嬉しかったです。
結局、その瞬間が一番嬉しいときになってしまいましたが・・・・(苦笑)

で、本大会。
本大会には1000だか2000だかよくわかりませんが、その中から選ばれた8バンド。
こっちはすでに解散。
考えることはRX-7がいくれで売れるのか?
4人で割ったらローンが完済できる・・・・
そんな不謹慎な考えしかなかったりして・・・
冗談ですが・・・・(苦笑)

記念参加そして最後のステージ。
たった一曲ではありますが、思い切り暴れてやろうということで・・・・
ちなみに曲は「Go Out on the Town」でした。

"\( ̄^ ̄)゛ハイ!!
自転車を持ち込んじゃいました。
しかもママチャリ(爆)

当日、ステージに持ち込む機材リストに自転車と書いたら、
スタッフが慌てること慌てること。
「楽器以外はダメです」
なんてほざくから、
「これは楽器です」
なんて、真顔で答えてあげました(笑)
すると・・・
「それなら仕方ないですね」

いいんかい(笑)

前代未聞・・・と思っていたのですが・・・
優勝したバンドなんて、ほぼ別のステージセットではないかという大道具を持ち込んでいました。
デキレース大人の世界を垣間見ましたね(苦笑)

長文になりましたので後はそのときの画像でも・・・<(_ _)>

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テーマ : バンド活動♪
ジャンル : 音楽

伝説のLIVE 1985.6.12 渋谷「TAKEOFF7」

6月12日このLIVEが解散前最後のライブハウスでの演奏になりました。

ラングル解散・・・で、すでに書いたとおり、この日にはすでに解散することは決まっていました。
しかし正式に表だって発表はしてはいませんでした。
そして、このLIVEでも一言もそんな話はしていません。
しかし、それぞれのメンバーの中にはさまざまな思いがあったと思います。
実際、LIVEの音源を聞くと、そんな思いを感じる場面があります。
ボーカルのMiyasu氏のテンションの高さ(いつものことではありますが)、
そして、象徴的なのがメンバー紹介。
最後の曲の前にやってるんですが、一人ひとりの紹介がいつもより長い。
しかも、ドラムのBoy氏を前に出して紹介してます。
そんなMiyasu氏のメンバー紹介を聞いて、ちょっとホロとしたりして・・・(苦笑)

そんな私も両親を招待していましたから、やはり最後のLIVEという意識が強かったのだと思います。

ということで、今回は思い出たっぷり画像も満載(^_-)v

6121.jpg
光のシャワーの中、最後のLIVEがスタート

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サングラス・・・しかも時代を感じるデザイン(笑)

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けっこう客入ってますね~

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恒例のMiyasuの客席乱入も今回はフロントメンバー全員で・・・

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客席との掛け合い・・・カンペを用意したりして(笑)


セットリスト
1、Feelin' So High
2、Free Will
3、Whisky Bomb Bong!
4、Push Mush Roll
5、Standin’ On The HIll
6、TONIKAKU Go Way Go!

久しぶりにFree Willをやっています。

♪Rock is real life・・・
Free Will Every day・・・

いかにも最後のLIVEらしい気がします。

テーマ : ライブ
ジャンル : 音楽

伝説のライブ番外編「幻の大島ロックフェス」

1985年6月2日のPENTAのコンテストをはじめ、この頃は別フィールドでの活動も行なっていました。
バンドが成熟期を迎えるといろいろなお誘いが入ってくるようです。
その辺の交通整理はリーダーのKANAに任せていたので、詳しくはわかりませんが・・・(苦笑)
そんな中、今思い出しても怪しくグレイトな話だったのが幻のイベント「大島ロックフェス」でした。
これは、名称のとおり、大島で行なわれるロックフェスティバル。
メインのアーティストが宇崎竜道さん率いる「竜道組」。
スポンサーが協和発酵だったような・・・・
そのイベントへの参加話がラングルにありました。

で、簡単なオーデションをしたいということで、
新宿・歌舞伎町の飲み屋に呼ばれました。
飲み屋と書いたのは、その場所がライブハウスではなく、ちょっとした演奏スペースがある飲み屋。
いわゆるショウパブのような場所で、当然、機材も自前のものを使うしかありません。
それだけでも十分怪しいのですが、ここまで来た以上、演奏せねば・・・・
心の中で「KANAも変なブッキングするなよ・・・」
とぼやきながら、機材を搬入していました。
すると・・・・

「誰や~エレベーターを使ってるのは~」

と怒号が!!
その声の先を見ると明らかにマルヤ系の人達が仁王立ちしているじゃありませんか。
この話を我々に持ってきたプロモーターが、その人たちの元にすっ飛んで行ったかと思うと平謝り。
怪しさはさらに倍増していきます。
しかも
「お待ちしていました」
というプロモーターからの信じられない言葉!!

「おい、簡単なオーディションってこの人達相手に????」

ここまでくると怪しいなんて言葉では足りません。

ヤ・バ・イ・・・・

しかし機材を置いて逃げるわけも行きません。
(ローンも残っていましたし・・・)

ここは覚悟を決めて、演奏する(オーディションを受ける)しかありません。

強面のお兄様方の前で演奏するのは初めてです。

背中に嫌な汗をかきながら演奏したかは憶えていませんが、はっきり憶えているのは、演奏の途中でチラッと見た彼らの表情が無表情だったことです。
(とても凝視なんてできません)

演奏が終わると、リーダー格であろう人から一言

「いいんじゃないか」

何がよかったのかわかりませんが、とりあえずホッとしたのを憶えています。

その後、寿司が出されてそれなりに労っていただけたという記憶もあるのですが、
なにせその前のことがインパクトありすぎで、その日のことはこれくらいしか憶えていません。

その数日後、正式に参加が決定して、ポスターができ・・・・

そこまで行ったところで、イベントが中止となってしましました。
イベント中止の理由はわかりませんが(KANAは知っているのかもしれませんが)、その後のバンドの運命を考えればイベント中止でよかったのかもしれません。

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「大島ロックフェス」のポスターに掲載された写真
(ポスターは処分されていましたが、この部分だけはほ~がん’sマザーによって
切り取って保存されていました)

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1985.6.2「PENTA LIVE CONTEST」

この時期は、デモテープレコーディングと平行して、コンテストの参加といった“営業!?”を中心に活動していました。
その中のひとつが当時、練習&デモテープレコーディングに使用していたスタジオPENTAさんのライブコンテスト。
デモテープのレコーディングを行なっている最中に、ミキサーをしてくれていた“ジャクソン氏”に頼まれて?参加を決めました。
吉祥寺スタジオ代表として(笑)

コンテストの内容は当時PENTAさんが出していた小冊子「ストリートボーイ」に書いてあったんでそれを転記しておきます。

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さて、3番目に登場したのは、今回見事に優勝をかっさらってくれた
アメリカン・ハード・ロックバンド“ラングル”。
ムチャクチャ、ノリのイイ、ステージング。
なんたってステージに出たとたん、“ペンタ万歳(才)!!”
なんつって、万歳(才)三唱ですもん。
演奏中にライブ予定のチラシ配っちゃうし、コンテストにあるまじきステージングがバカ受け!
その上、V.ヘイレンばりのギタリスト君は、カッチョイイし、
ボーカルのズ太い声も良かったもんだから、ベストギタリスト賞と、優勝の2本立ての大勝利!
オメデトサンでした。


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読んでいただいたとおりコンテストだろうが何だろうが我が道を行く
相変わらずの“へべれけ”ぶりを発揮したラングルでした。

個人的には、途中で急に音が出なくなってかなり焦ったり、当日、自分で前髪を切ったら揃ってしまい・・・
何だか恥ずかしい思い出で一杯だったりして(笑)

img383-1.jpg前髪が揃ってる(右)(^-^;

ちなみに、音が出なくなったのはスタッフが移動中に引っ掛けてアンプのコンセントを抜いたのが原因だったようですが・・・・・



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実はこのコンテストにはあのビッグバンドが!!
( ̄b ̄) シーーッ!!

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伝説のLIVE 1985.5.7渋谷「The Live‐Inn」

伝説のライブハウス初登場!伝説をまたつくる!?




数々の有名アーティストが演奏をした今は無き渋谷「LIVE INN」。
我らRΛNGLEもしっかり足跡を残していました。
(らくがきのようなものでしょう?というツッコミがきそうですが・・・苦笑)

そんな伝説のライブハウスでのステージだけに最初からテンションが高いのなんの・・・

挙句に果てには、途中でステージジャック!?が乱入、ものまねオンステージ化するは・・・・・

このあたりからギャグバンドへの道をまっしぐらに突き進んでいったような気が(笑)

LIVE自体は、最初のテンションそのままに勢いで突っ走ったという感じではありますが、
それだけにパワーを感じます。


1、Feelin' So High
2、Go Out On The Town
3、Push Mush Roll
4、Whisky Bomb Bong!
5、Standin’ On The HIll
6、TONIKAKU Go Way Go!

アフリカンビートぽいPush Mush Rollを今回のLIVEで初披露。
この頃はセン○リ奏法をしていたかも・・・・・・
(この奏法はやりすぎで皮が剥けて、後に禁止奏法に)

追記
あまりのやかましさに「うるさいだけが脳だ」という迷言が出たのもこのLIVE。
うるささも今や伝説!?




ハイクオリティ国産エレキベースで定評の高い フェンダージャパン JB-STDがお得なセットで新登場!!

テーマ : ライヴレポ・感想
ジャンル : 音楽

プロフィール

ラングル

Author:ラングル
Vo.Miyasu  G.KANA
 B.Hogun   Dr.Boy

We’re“HEBEREKE”Rock‘n’Roll Band.
Come On! 
Everybody,Running“GLE”.........

独特の“うねり”のあるサウンドと
魅せる笑わせるパフォーマンスで
いまや伝説となった“へべれけ”
ロックンロールバンド。
1985年に解散後、
2005年サイトで復活。

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